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三日坊主のやりたがり

あれもしたい、これもしたい。自分から半径3m以内のあたりに興味が集中しています。

「レール」から落ちたら死ぬという呪いの闇は深いなという雑感

雑記

一言ツイートをして終わろうかなとも思ったのだけど、喉のあたりに突っかかるような感じがするので、雑記として吐き出して気持ちを整理してみたい。

ひたすらに仄暗いので注意。

 

ta-nishi.hatenablog.com

 

低学歴=不幸という決めつけは、高学歴でなければ幸福ではないという『呪い』を子どもに植え付ける、非常に狭量な考えではないだろうか。 このような『呪い』にかかってしまった人間は、何らかのアクシデントにより「レールから外れた」人生を送ることになってしまったとき、とても危うい。

「いまの日本では、大学くらい出ておかないと幸せになれない」は幻想。90年代『自分らしさ』的個性尊重主義は、いまこそ再評価されるべき - 自意識高い系男子

 

身に覚えしかない。

このブログの一番初めのエントリーでざっくりと書いたが、自分がまさにこのパターンだ。

k-hidaka.hatenadiary.com

何とかこの後期から復学してリスタートをかけられたけども、「たかが1年卒業が伸びただけ」で、絶望の淵にいたような気持ちで過ごしていた。*1

 

言及させていただいた記事の中で述べられている「自分や周りに大卒以上の高学歴な人間しかおらず、低学歴な人間のリアルを知らない人間」も、まさに自分のことだ。

中学時代の友人までさかのぼることができれば違ったのかもしれないが、あいにく高校時代以降の友人しか継続してつきあいがない。

そして高校は、地方の公立進学校。新学年の始まりには親交のある予備校の講師を招いた「受験勉強とはなんたるか・どうするべきか」という講演会を毎年聞き、この高校に入学した・通っているというと「じゃあ大学行くんやね」と言われる。

実際、母校から高卒で就職した人間は一人しか知らない。自分の所属学年からたった一人だけ「家庭の事情」で就職することになったのだけど、後々聞いた話では、有力な卒業生や先生方など同校に関わる大人たちの間でその子の名前は知れ渡るほどに激震だったらしい。十数年ぶりだとかなんとか…噂話も多すぎて正確な情報はわからないのだが、少なくとも同級生の間でも「あいつこれから生きていけるの?」と言った空気が漂うような学校だった。

 

そして大学は、同校内では「まあ妥当な偏差値の所だよね」と特に賞賛されるランクではないところへ進学する。大学のカラーもあってか同じような高校から来た同期の方が割合は多い。

「大学までいって当たり前」の空気が当たり前。それが高校3年間からさらに大学4年間追加で継続することになる。

もちろん、就職者の方が多い高校からその高校内トップ成績で合格した同期もいたり、高校時代よりは「高卒もこういう生き方がある」「大学行くのが当たり前ではない」という認識に触れる機会はあったけども、あくまでも「高校時代よりは多い」程度だ。

自分の母校とは真逆の「就職して当たり前」の高校から進学してきた同期もいたが、今思い返してみればその同期から高校時代の話はあまり聞いたことがないかもしれない。

そうとう居心地が悪かっただろうなあ…

 

こんな環境で、それに違和感を覚えられない感覚を持っている人間が集まっていれば、次は「4年で卒業して新卒1年目ですぐ就職するのが当たり前」と言う空気が蔓延する。当たり前だ。

留年したものは疎遠になりいつのまにか退学していたし、留学して1年卒業がおくれることになると報告すれば周囲の第一声は「大変やなあ大丈夫?」、自殺者もそれなり(らしい)、就活がうまくいかないからせめて院に行く。

 

レールに乗り続けようと必死だったし、乗り続けられなかった人間は気が付けばいなくなっていた。新しい道を見つけたのかもしれないし、本当にいなくなってしまったのかもしれないし、けれど少なくともレールに乗り続けようとするグループからは見えないところに行ってしまっていた。

多分、自分ももうかつての同期からは見えないところにいると思う。

卒業が一年遅れて、留年していて、半年休学していて、就活もしていなくて、進学もしない。

ごく一部の友人とはまだ会うけども、彼らは「今でも同期」だから多分会えるのだと思う。理由は違えど、同じく卒業を一年延ばして今同じように卒論をしている彼らだから会えるんだと思う。

「卒業後久々にみんなで集まりましょう!」という連絡はくるけど(メーリスだったりLINEのグループは退会していないので)、行かないし、行かないと返信もできない。

なんとなくとしか言いようがないけど、返信すら本当にできない。

「レールに乗り続けている人間」に対するコンプレックスなんだろうなあ。

 

随分暗い文章になってしまった。

エントリによってふり幅が我ながら広すぎるという自覚はあります。はい。

 

うちの両親は「何かやりたいことがあるならそれをやればいいけど特にないというならとりあえず大学までは出なさい、最低限困らないはずだから」と言うタイプだった。

それを最初に言われたのは多分中学生の頃で、その頃なりにやりたいことはあったけどそれを成すためにはどうしていいかなんてわからなかったし、「最低限困らない」というんだったらひとまず大学までいっとくか、「最低限困らない」のが大学まで行った人なら皆大学まで行くんだろうな、と言う認識で大学に(ほぼ)確実に行かせてくれる高校に入り、今の大学に来た。

 

しかし現状困っている。まだ大学を出ていないからだろうか?

いや、多分順調に来年の春卒業できても、多分困り続ける。

生きる術(≒職を得る術)を教えてくれない大学よりも、専門学校に行っておいた方が困らなかったんじゃない?とすら思っている。*2

ここまで思っておいて、だったら進学しか選べない高校じゃなくて商業系・工業系などの企業と結びつきの強い高校に行って高卒で就職したほうが良かったんじゃない?程度のことすら、すぐには出てこないんだから闇は深い。

 

自分で進学以外の道や、せめて大学以外の進学先も調べられでばよかったのかもしれない。

けれど中高で人生設計の授業があれば、記入例には大学進学の文字。そして両親は前述のとおり。

今も復学してリスタートとはいえ、頑張っている方向が大卒の肩書を得るため、つまりいったん「レール」の上に戻るために頑張っているのだ。

 

レールを一度落ちたけど(叱られそうだけど、自分の感覚的には十分落ちた)じゃあもういいやとはなることができずにいる。

就活を今していない時点で、大卒の肩書を得られたとしても「レール」の上に戻ることはできないとわかってるのになあ。

本当に「呪い」だ。

 

以上、言及させていただいたようなエントリに(または類似のものに)、もっと早くであっていたら今気の持ちようがまだ楽だったかもしれないという「if」が頭から離れなくなった人間の吐き出しエントリでした。

思った以上に長くなったから、本当に闇は深い。

*1:一応これ以外にも要因はある。けど、このことがそれなりのウェイトを占めていたのもまた事実

*2:大学が本来学問をする場で就職のための学校でないこと、専門学校に行ったからと言って必ず職があるわけでもないことは重々承知。自分の現実しか知らない人間の戯言