三日坊主のやりたがり

あれもしたい、これもしたい。自分から半径3m以内のあたりに興味が集中しています。

性別二元論と恋愛至上主義の根深さに改めてうんざりした話

ここではあまり書かないかなあ、書くまいかなあ、と思っていたのだが、とてもじゃないが140字では消化しきれないもやもやがたまってしまったので、もう開き直って書くことにする。

個人的な思考の整理と愚痴として読んでいただきたい。タイトルはもうやっつけである。

 

 

  • 出生時にあてがわれた性別が男でペニスがついており
  • 比較的角ばった骨格・シルエットをしていて
  • 他者を「どっち?」と混乱させる外見をしておらず
  • 自身が「男である」ことに疑いを持つこともなく
  • 「女」を性指向の対象とする人間

を、「かっこ」をつけて「男」とする。

また、

  • 出生時にあてがわれた性別が女でヴァギナと膨らんだ乳房がついており
  • 比較的丸みを帯びた骨格・シルエットをしていて
  • 他者を「どっち?」と混乱させる外見をしておらず
  • 自身が「女である」ことに疑いを持つ頃もなく
  • 「男」を性指向の対象とする人間

を、「かっこ」をつけて「女」とする。

 

一般的に「男」「女」を漢字で書けば一文字ずつで表され、まだまだ世間の大半が全人類はこの二種類に分けることができると思っている現状である。

 

簡単に書き出しただけでもこんなに条件が多いのに!!!

なんでこんな厳しい条件に70億もの個体がどっちかには当てはまると思うんだろう。

「普通の男女」と言う意味で「男は~」「女は~」と言った時に日常生活で想起される人物像のざっくりとした条件を書き出してみた。多分まだ抜けはある。

 

そしてこの条件で満たさないものが一つでもあれば、「何かしら欠陥のある男/女」に「格下げ」である。

或いは、「よくわからないもの」として見てみぬふりをするか存在を消そうとしてくる。「よくわからないもの」として何か名前を付けて(よくあるのが「オカマ」とか最近だったら「オネエ」だろうか)、「おもしろおかしく」あるいは「悲劇のスター」として取り上げる。(自称する場合もあるが、それでも言葉の取扱には注意が必要だ)

 

かなりうんざりだ。

うんざりしてなんかもうあきらめの境地に達しそうなくらい根深い。

その人のバックグラウンドも何も知らなくても、一目外見を見て・言葉一つ声を聞いて、なんなら直接その人の何かに増えずとも伝聞の情報で、自分の主観のみに当て嵌めて「その人は『男(出生時にあてがわれた性別が男でペニスがついてて比較的角ばった骨格・シルエットをしていて他者を「どっち?」と混乱させる外見をしてなくて自身が「男である」ことに疑いを持つこともなくて「女」を性指向の対象とする人間)』だなとか、「その人は『女(出生時にあてがわれた性別が女でヴァギナと膨らんだ乳房がついていて比較的丸みを帯びた骨格・シルエットをしていて他者を「どっち?」と混乱させる外見をしてなくて自身が「女である」ことに疑いを持つ頃もなくて「男」を性指向の対象とする人間)』だな」とほぼ無意識下で判断されてしまうのだから、もううんざりだ。

 

この条件全てに当てはまるのが悪いわけでもなんでもない。

当てはまらない人がいるということを考えない人の多さにうんざりする。

初対面の人と食事に行こうとするときに、その人の嫌いな食べ物のメニューばかりのお店にならないようにとか、お店の場所は生き返りに不便のない立地かとか、この日は大丈夫かとか決めつけないで訊くでしょう。

それと同じように、「この人は『女(出生時に以下略)』だからこう」と言うように決めつけずに必要になった時に訊いてくれればいいのに。(ただし「答えたくない」という回答も受け入れる用意を持っていたほうが良い)

 

一番理想なのはそんなの訊く必要すらもない社会だが、さすがにそれは何百年かかっても無理なような気がするので、せめて数十年から百年後くらいには、「ある程度『男/女(出生時以下略)』の想定は持ちつつも、これに関する情報が必要になった時に想定に基づいて独断的一方的に話を進めるのではなく、一言訊いて確認をとった上で話を進める社会」くらいにはなってほしい。

あまり喜ばしくないスキルではあるが、今はスルーしたり話を合わせたりする「処世術」的な何かを身に着けたのでなんとかかんとか生きているが、以前までは独断的一方的に進められる会話に何度も死にたくなったし泣いたし、今でもさすがに回数が重なると死にたくなるし泣く。

 

 

けれど、この「出生時以下略」の条件をすべて満たしていても面倒くさいし死にたくなりそうな世の中だなと痛感することがあった。

今話題のドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」だ。

申し訳ないながら、もともとドラマを見ない人間であるため、「逃げ恥」も見ていない。

しかし「契約婚」「夫=雇用主 妻=従業員」などの言葉を目にし、ガッキーが出てしかも火曜10時にやるようなドラマでついに恋愛以外の「結婚」が描かれるのか!?とすごく心が惹かれ、それからひとまず毎週あらすじは追っていたのである。ドラマ無精にしては超珍しいことに、「良い!」と思ったらレンタルでいっぺんに見ようかなあ、と思ったからだ。

 

しかし先週の6話。Yahoo!ニュースのトップに掲載されていたし、某掲示板の実況版(?)もサーバーがダウンするほどだったという「神回」。

ああ、やっぱり世間のニーズはそこだったのか…このドラマもか…。

落胆してそっとウィンドウを閉じざるを得なかった。

 

これから二人が「恋愛関係」になるだろうという、思わせぶりと言うか明らかな展開。

原作も未読なので、こんなことを書いておいて今後「恋愛関係」なんかにならなかったらごめんなさい。

しかしドラマの公式サイトを確認したところ「ラブコメ」と明記してあったので、まあ今後二人は「恋愛関係」に「発展」するのでしょう。

 

「逃げ恥」が出来の悪い作品だと言いたいわけでもない。恋愛ものが悪いというわけでもない。

お門違いな期待をしていたから、勝手に期待を裏切られて落胆しているだけだ。

正確に言うと、「男女が並ぶと恋愛要素が求められるのか…」と恋愛至上主義に落胆したのだ。

「ユーリ!!! on ICE」だと、「恋愛っぽい」描写をすると批判を向けられるのをよく見かけるのに、「逃げ恥」だと「恋愛っぽい」描写をすると神回とたたえられる、異性愛主義に落胆したのだ。

「ユーリ!!!」は恋愛ものじゃないから恋愛っぽい描写がダメなんじゃないかと言われると、こちらも「逃げ恥」と同じく未視聴で「素晴らしい作品だ」と評されているのを目にしているのみなので「そうかもね」としか言えなくなるが…。

しかし「腐発言はダメ」「腐媚びが過ぎる」と言う意味での「恋愛っぽい描写への批判」しか見かけたことがないため、男と女でない「恋愛っぽい」描写への批判だととらえて良いだろうと考えている。

 

「逃げ恥」はラブコメ作品として素晴らしいからドラマ化されたし、そのドラマの評価も人気も良いのだろうと未視聴なりに解釈している。

期待がお門違いだっただけじゃないかと言われればそれまでではあるが(公式にラブコメって書いてたし)、恋愛関係に発展させず契約婚の中での人間模様を描いた作品も見てみたかったなあと思ってしまう。

恋愛の結婚じゃないよ!と思わされてしまう言葉が躍っていたため、なおさら「結局恋愛かよ…」と思ってしまう。

 

「男女」が並べば恋愛。カップルかなと憶測する。

「男女」が同じ屋根の下にいれば恋愛。あるいは恋愛ベースの夫婦。

たまたま「逃げ恥」の物語の展開で思い知らされたが、現実で「男女」で暮らしていると申告すればその実態は無視され「恋人か夫婦かな」と思われるだろう。

「きょうだいだよ」とかならまだ納得してもらえるかな、それ以外なら不可思議に思われるだろうし「危なくない?」とか「手出すなよ」とか、なんなら「付き合っちゃえよー」とか言われるのは想像に難くない。

友情婚や契約婚だって単なるルームシェアだってあり得るのになあ。

 

「出生時以下略」をクリアしたとしてもさらにこんな面倒な憶測と決めつけが待っている。

そもそも恋愛をしない、性的な感情を抱かない等、世間一般に言われる「恋愛的」な感情や行動を持たない・しない人だっているというのに。

「恋愛的」な感情を持ち「恋愛的」な行動をする人だって、必ずしもそれの対象となる人物のみと一緒にいるわけではない。

「出生時以下略」条件にそもそも当てはまらないが、「恋愛的」いろいろを「異性」に向けるとも限らないしそもそも「異性」って何なんだという話だし云々…

 

 

「男」「女」と超ざっくばらんに二分してしかもそれが超強固なものとしてあったところから、様々な言葉の認知度が上がり少しはましになったかもしれない。

しかしその「少し」は思ってた10分の1もない「超少し」なのかもなあと思ってしまって、うんざりしてげっそりしたのだ。